自分ではどうにもできなかったつらい記憶は消える
子供のアトピーが本当に悪かった時、とてもつらく、出口の見えないトンネルの中で、出口を求めてさまよっているように思うことがよくありました。
そんな中、少しずつ子供のアトピーが落ち着きを見せてくると、転がるように悪化していたのが、逆にとんとん拍子に落ち着いていき、完治は程遠いものの、悩むこととは縁がなくなり、今度は悩みのトンネルの中にいる他の人に目が行くようになりました。
なやまなくてもいいんだよ、いつかはトンネルから抜けられるから、こうすればすぐに良くなる方法は知らないけれど、こうすれば悪くなりやすいことはよく知っているから、その点を治すだけでも誰でもだいぶ楽になれると伝えることが大切だと思うようになりました。
自分たちと同じように悩む人が少しでも減ればと思い、多少おせっかいと言われようとも、宗教・〇〇療法・〇〇ですぐ治るというようなものはかえって悪化させやすいこと、乳幼児のアトピーはステロイドに頼るのではなく、湿疹が出る原因をまず探すことが大事なことなど、伝えるように心がけてきました。
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私は医者ではないので、医学的なアドバイスは求められませんし、答えられませんが、親として何ができるのか、少しでも軽くなるように親としてできることを伝えられたらと思っています。
アトピーの体験談として、こんな風につらかったとか、こんな風にやったら悪くなるのが落ち着いたとか、これについては何時間でも語り続けられると思っていましたが、子供が本当に悪くて夫とともに、寝たのか寝ていないのかわからないほど消耗していた時代のことは、
その時代から5年も過ぎたころ、その当時のどん底ともいえる精神状態のことを詳細には覚えていないことに気が付きました。
これなら何時間でも語れるといつも思っていたのに、聞き出されないと出てきません。聞かれればある程度は出てきますが、ふと頭をよぎるということがないのです。
「忘却は一番の薬」などと言いますが、本当につらい経験は記憶の奥底で眠っているように、自然と忘れるようになるようです。
故意に忘れようとしたのではなく、辛すぎて思い起こしたくないと、自分自身思い出さないようにするようです。気が付いたとき、愕然として、夫にそう話すと、夫も、「そういえば俺も思い出さない」と言いました。
辛すぎる記憶は人は忘れるよう、詳細に思い出せないようになっているようです。つらい記憶がたびたびよみがえるのであれば、それはどん底と思うほどひどいことよりももう少しましなのかもしれません。耐えられるからこそ記憶が繰り返し読みさまされるのかもしれません。
罪悪感とか、後悔とかが絡んでくるとさらにまた事情が違ってくるのでしょうが、単に避けられなかったような出口が見えないつらいトンネルの中にいた記憶は自分ではどうしようもなかっただけに、辛すぎるから忘れてしまうのだと思います。
印象に薄いことも思い出されませんが、印象に深すぎても思い出さないということにとても驚きました。別段、私の記憶力が低下しているわけではありません。本当につらかった時の記憶がぽっかり薄れているだけのようです。
記憶喪失とは違って、思い出したくても思い出せないのではなく、思い出そうとすれば思い出せますが、「こういうとき、どうだった?」などと聞かれない限り詳細には頭には浮かんできません。逆に、聞かれて思い出そうとすると、こうだったっけ?と徐々に思い出せてきます。
しかし、詳細が思い出せないため、同じ時間を共有している夫とすり合わせてようやく一人分と言った感じです。夫も同じようで、お互い断片的にしか出てきません。出そうと努力しないと出てこないうえ、断片的にしか出てきません。
子供に「お前のせいでこんなに苦労した」などと言いたくないし、子供の記憶に「こんなにつらかった」などと残っていないのは喜ばしいことだと思いつつ、今現在悩んでいる人に話をしようにも、「こんなだったんだよ」
と言いたいとしても、出てこないためしどろもどろになってしまうのが困りものです。自分にとってはありがたいことですが、体験談になりもません。つらいことなど、それでいいのかもしれませんね。
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