いんげんの思い出

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いんげんの思い出

私は、夫の両親と同居しています。俗にいう「長男の嫁」です。

その同居している義父が、まだ健康だったころ。家のすぐ近くの畑を借りて、ちょっとした農業をしていました。

主に夏野菜をメインに作っていましたが、落花生やサトイモ、白菜やダイコン、玉ねぎやじゃがいもも収穫していたので、一年中、何かしら育てていたようです。

その義父は、夏になるとほとんど毎日のように、畑に行って水まきして、雑草抜きをしていました。

時として、その畑仕事を手伝うこともありましたが、当時私はパートの仕事をしていて日中忙しかったので、手伝うことは稀でした。

そんな義父が、夏、畑から必ず収穫して持って帰ってきてくれたのが、いんげんでした。

夏の季節になると、毎日たくさん収穫できるようで、水まきと雑草抜きの後に収穫しているようでした。

夏の夕食時、その父の畑のいんげんをお浸しにしたり胡麻和えにしたりして、食卓にだしていました。

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けれど、連日いんげんのおひたしや胡麻和えを食べていると、さすがに飽きてきます。

そんな、いんげんの胡麻和えに飽きた週末の午後。

例によって、父が畑から大量の収穫したてのいんげんを届けてきました。

いんげんだけではなく、ナス、トマト、きゅうり、オクラ、大葉・・・夏野菜オンパレードでした。

私は、いんげんを見た途端、連日食べているいんげんのお浸しや胡麻和えを思い出して、ちょっと食傷気味でした。

「いんげんの胡麻和えも飽きたなぁ‥そうだ、天ぷらにしよう!」

そう思って、私は揚げ油の用意をして、天ぷらの衣も用意しました。天ぷらの衣、といっても、天ぷら粉を使うわけではありません。

小麦粉と水を適当に混ぜて、ベーキングパウダーと塩を混ぜただけの、簡単な衣です。友人に言わせると、「それは天ぷらじゃなくて、”フリッター”っていうんだよ」と教えてくれましたが、我が家ではこれが「天ぷら」でした。

ベーキングパウダーを入れると、揚げ上りが軽く仕上がり、食べやすくなります。衣には少しだけ塩を利かせて、天ぷらのつゆにつけなくても美味しく食べられるようにしました。

正直、私は揚げ物があまり得意ではありません。けれど、子供を産む前まで、近所のスーパーのお総菜屋さんでパートで働いていました。そこでは、毎日揚げ物や海苔巻きを作るお仕事をしていました。

揚げ物は得意ではなかったけれど、揚げ油を扱うことには慣れてたし、「揚げ物をする」ことに対して、全く抵抗はありませんでした。

いんげんを衣にくぐらせて、低温の油に入れて天ぷらにすると、衣の白っぽい色といんげんの緑が生えて、とてもおいしそうに見えました。

義父が収穫してきたいんげんは、あっという間に天ぷらになりました。夕暮れ時の食卓に、揚げたてのいんげんの天ぷらを大皿に盛って置いておきました。

他にも、レンジで作った蒸ナス、トマトのサラダ、オクラの冷ややっこなども

作っていました。

天ぷらが冷めないうちに、みんなで夕飯にできたらいいな、そんなことを考えていたような気がします。

畑から帰った義父がお風呂から出てきたら、もう晩酌が始まるので、そのころには夕食です。

そんな夕暮れ時、近くに住んでいる姪と義妹がうちに立ち寄ってきました。

姪は当時中学一年生で、テニスをやっていていました。うちの近所にあるテニスコートで練習試合があって、その帰りに寄ってきたようでした。

いつも、姪と義妹がテニスの試合の帰りにうちに寄るときは、大体お腹を空かせていて、私が台所で夕飯の支度をしていると、姪はつまみ食いに来たりしていました。

私は台所で手が離せなかったのですが、野菜好きな姪と義妹に、

「テーブルの上のいんげん、食べたかったら食べてもいいからね!」

といったら、姪が、元気な声で”ありがとう!お腹すいてたんだ!いただきまーす!”という元気な声が聞こえました。

それから数分、食卓では姪と義妹と、義父母の会話に花が咲いていて、私は台所で夕飯の支を続けていました。

やがて、夕飯の支度が全部終わって、義妹と姪がいる食卓に行くと・・・いんげんを盛り付けた天ぷらのお皿だけが、ほとんど空になっていました。

「いんげん、すごくおいしかったよ!」

「なんかごめんね、食べだしたら止まらなくなっちゃって」

どうやら姪は、いんげんの天ぷらを、まるで「スナック菓子の如く」つまんでは食べていたようです。

「だって、おばちゃんのお料理、おいしいんだもん!」

嬉しそうにそういっていた姪の笑顔は、今でもはっきり覚えています。そして、そういわれて、とても嬉しかったこと、今でも忘れられません。

・・・・

あれから10年。

義父は怪我で体を壊し、畑仕事をやめて数年がたちます。

姪は大学生になって、相変わらずのテニス三昧。

あの夏の日から何年かして、私は息子を妊娠、出産しました。その息子は小学生になり、その息子は日々手に負えなくなっています。

そして私はあのころ以上に歳を取り、今年もプランターでいんげんを育てています。

たくさん収穫できると、いんげんの天ぷらを作ります。

義父も、怪我で身体があまり動かないものの、身体は丈夫で、いんげんの天ぷらを作ってあげると、とても喜んで食べてくれます。

そんな夏の夕暮れ、玄関先で人の気配がします。

「おばちゃーん!こんにちは!」

玄関先では、姪の元気な声がします。家が近くなので、大学もバイトも休みの暇な日、用がなくても遊びにやってきます。

「あ、おばちゃん! いんげん食べてもいい?」

「いいよ」

「ありがとう、いただきまーす!」

そういって、姪はまたいんげんの天ぷらをほおばっています。

「これくらい、お家でつくればいいのに!」

「だって、うちのおかーさん、天ぷらなんてつくってくれないもん。揚げたての天ぷらなんて、おばちゃん家でしか食べられないよ!」

「あなたが作ればいいじゃないの!」

「だって揚げ物、難しそうなんだもん!それに、おかーさんが買ってきた天ぷらってちょっと脂っこくて重たいんだもん! おばちゃんの天ぷら、軽くて好き!」

「天ぷら、難しくないよ? 私だって結婚してから覚えたんだもの」

そんな会話が飛び交います。娘がいない私にとっては、この姪が娘のような存在です。

いつか…本当にいつか、姪と一緒に台所でお料理をする日が来るかしら?

そんな日が待ち遠しい今日この頃です。

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