ヘルニアでなかっただけ良かったです

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ヘルニアでなかっただけ良かったです

私は先天性の股関節脱臼です。股関節脱臼は第1子に多いそうです。私も第1子です。知っている人で股関節脱臼の人はやはり皆第1子でした。
私が歩けるようになって歩き方がおかしいと家族で言っていたそうです。でも近所の人達は小学校に上がる頃には治るから大丈夫だよと言ったそうです。

でもやはり心配になって遠くの病院へ連れて行ったら「もう1年早く来ていたら完全に治った」と先生がおっしゃったそうです。おそらく私が3~4歳の頃だと思います。膝から下にギブスみたいな物を着けて包帯か何かで巻き付けてある写真があります。今の時代なら生まれて一月で保健所で検査をします。

先生が脚を外側へ開くと股関節脱臼だと痛くて泣きます。今は10歳迄なら治るのです。祖母が私をおぶってバスと汽車を乗り継いで毎日の様に病院へ連れて行ったそうです。薄暗い部屋で冷たいマットを敷いてあって、ズボンを脱いでマットの上に横になって、あっ又ここに来たんだと思ったのをぼんやりと憶えています。

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マットが冷たかったのと恐怖心もあって私はその度に泣いたのを憶えています。
今では股関節は右側はほぼ正常ですが左側は脱臼しかかっているのを筋肉で押さえているのだそうです。どうしても歩くのは内股になります。小学生の頃、男子生徒にお尻を振って歩いているとからかわれた事が何度かありました。

私は自分では見えないので何とも言えませんでした。中学生の頃には体育の時間に2人で手を繋いで走るのですが、一緒に走る人が余りにも早いのです。でも私は股関節脱臼なので早くは走れません。私は必死に「止まって!走れないから」と言ったのですが止まってはくれず我慢して走りました。あの時は本当に恐かったです。

只、走るのが遅いのとは訳が違います。あれは今やれと言われたとしても出来ません。
筋肉は股関節からずっと腰の方迄繋がっているので、どうしても腰痛を起こすのはある程度仕方のない事なのです。以前は毎日シップを貼っていました。

それでもやはり腰痛は起きます。今だに整骨院に通っていますが、良くなったと思っても暫くすると又痛み出します。酷い時は歯を磨くのに腰が痛くて立っていられない時がありました。
私は以前、女性にはかなりきつい仕事をしていました。

その仕事を女性でやった人は私だけだったそうです。印刷もしておりましたがトナーを入れるケースが途轍もなく重くて誰がやっても腰を痛めると思います。その重い物を上げたり下げたりで腰を庇いながらやっていました。拉致のあかない整骨院へ行くのは止めて他の整骨院へ行ったら「よくもここ迄我慢していましたね」と言われました。

他の整骨院ではヘルニアだと言われたのですが、そこの整骨院ではヘルニアではないと言われました。それを聞いて私は気持ちがスーッと軽くなりました。もしかしたら自分は手術をする事になるかも知れないと思っていました。訳が分からないとヘルニアだという事にする医師は多いそうです。

私はもうその仕事は無理なので、辞めるしかないと思っていたのですが、とにかく2週間は毎日来て下さいと言われたので2週間毎日通いました。すると嘘の様に良くなっていったのです。確かに女性にはきつい仕事でした。定期的に整骨院には通いました。

女性にはかなり大変な事を分かっていながら誰も手伝ってはくれませんでした。腰が痛いと膝でカバーしようとするので、今度は膝が痛み出しました。腰と膝にコルセットを装着して仕事をしていました。休みの日はドッと疲れが出て横なっていました。出掛けてもフラフラして歩くのが恐かったです。

車で帰省した時もフラフラして本当に倒れるんじゃないかと思いました。車から降りても歩くのがやっとでした。結局そこを辞める事になり少しは人間らしい暮らしを取り戻しつつあります。無理を重ねてやっとの思いで仕事をしてきました。

とにかく無理は出来ませんと私も言えば良いものを言えずにやるしかありませんでした。今は退職してホッとしています。

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